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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2138号 判決

原告 谷川国雄

原告 谷川ゆき

右両名訴訟代理人弁護士 植木植次

同 浜田正義

被告 辺見太三郎

右法定代理人親権者父 辺見国武

同母 辺見三津

被告 ムサシ産業株式会社

右代表者代表取締役 天田彦正

右被告両名訴訟代理人弁護士 宗宮信次

同 川合昭三

主文

被告らは連帯して原告谷川国雄に対し金九六八、二七一円、原告谷川ゆきに対し金九六八、二七一円を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を原告ら、その余を被告らの各平等負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは連帯して、原告谷川国雄に対し金一、一二八、二七一円、原告谷川ゆきに対し金一、一二八、二七一円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を求め、請求の原因として

「一、昭和三八年八月三〇日午後七時二五分頃、東京都杉並区三谷町二二番地先交差点において、被告辺見太三郎の運転する軽自動二輪車(第一東う三三二六号。以下「被告車」という)と訴外三山豊の運転する軽自動二輪車(第一多あ三二九六号。以下「訴外車」という)とが衝突し、よって訴外車の後部座席に同乗していた訴外谷川幸男は頭腔内損傷により死亡した。

二、本件事故現場は無信号の交差点であるのに、被告辺見は前後左右へ注意を怠り、時速八〇粁の高速でしかもセンターラインをこえたまま交差点に進入した過失により本件事故を惹起した。

三、被告車は、被告ムサシ産業株式会社(以下「被告会社」という)の所有にかかり、被告辺見は被告会社の従業員としてその業務に従事中本件事故を生ぜしめたものである。

四、本件事故により生じた損害は次のとおりである。

(1)  亡幸男は事故当時満一九才の男子であって、自動車整備工として神奈川トヨタ自動車株式会社に勤務し、その収入は月平均一五、〇〇〇円の給与と年間四ヵ月分の賞与(月額換算五、〇〇〇円)の合算額であるところ、右月収二〇、〇〇〇円から生活費、税金等を控除した純金はすくなくとも一二、〇〇〇円である。同人は本件事故がなければすくなくとも満六〇才までの四〇年を下らない期間、同会社において右同様の純収益をあげることができたはずであるから、四〇年間に得べかりし利益五、七六〇、〇〇〇円から中間利息を控除した一、九二〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を被告に対して取得したというべきところ、その死亡による相続の結果、同人の父母である原告らは各自九六〇、〇〇〇円の請求権を取得した。

(2)  原告ら夫婦の間には三男二女があったが、長男は既に病死し、今また次男幸男を本件事故により失い、他家に嫁すべき女子を除けば僅かに三男久男を残すのみとなった。亡幸男は会社の勤務成績もよく、整備士の資格も取得し、原告らの最も嘱望していた男子であるから、同人を失った原告らの悲嘆は筆舌に絶するものがある。右の精神的損害を金銭に評価した慰藉料額は原告ら各自につき五〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

五、原告らは自動車損害賠償責任保険から保険金六一三、四五八円を受領し、かつ訴外三山から本件事故の賠償として金五〇、〇〇〇円を受けることになったので、右合計金六六三、四五八円の各半額を原告らの右(1)の債権額から控除する。よって被告に対し、原告ら各自の右(1)の残額金六二八、二七一円と(2)の金五〇〇、〇〇〇円、合計金一、一二八、二七一円宛を連帯して支払うべきことを求める。」

と述べ、被告らの抗弁に対し次のとおり答えた。

「(一)は否認する。訴外三山は交差点の手前で一時停止をした。一時停止しないで本件の交差点に進入することは不可能である。

(二)(イ)の事実中、亡幸男が運転免許を有していたことは認めるがその余は否認する。当時三山は亡幸男を駅まで迎えに行って帰る途中であり、幸男はあくまで独立の乗客であった。また自動二輪車の後部座席から前方を注視することは不可能である。

(ロ)は否認する。三山は現実に一時停止をし、安全を確認した上で交差点に進入したのであるから、亡幸男が注意するまでもなかった。」

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として

「請求原因第一項および第三項の事実は認めるが第二項は否認する。第四項中、亡幸男の年令、職業、勤務先および原告らとの身分関係は認めるがその他は争う。第五項の保険金の受領と充当の点は認める。」と述べ、抗弁として次のとおり主張した。

「(一)本件事故当時、被告辺見は田無から荻窪に通ずる幅員約二〇米の第一級国道を進行していたところ、これと交差する幅員約五米の道路を南進して来た訴外三山は、道路交通法三六条一項に違反し、一時停止の標識を無視して停止も減速もしないで進行した過失により本件事故を生ぜしめたものであり、亡幸男にも後記のとおり過失があったものである。一方被告辺見にはなんらの過失もなかった。原告主張のように同被告が時速八〇粁でセンターラインをこえて走っていたという事実がかりにあったとしても、それは本件事故の発生とは因果関係のない事実である。また被告会社は被告辺見の運転に関して平常注意を怠らず、被告車の構造、機能になんら障害はなかったから、被告会社に責任はない。

(二)(イ)かりに右の主張に理由がないとしても、亡幸男は普通自動車免許を有し、友人である訴外三山と二人一体的関係において訴外車を運転していたものである。すなわち、二人のうち誰が運転するかにつき「三山運転せよ谷川は後に乗ろう、いや僕が後に乗ろう」といった具合で、後部座席に同乗した亡幸男も前方を注視し、事故現場の交差点にさしかかった時も、三山が「どうだろう」といったのに対し亡幸男が「大丈夫だ」といったために三山はそのまま進行したものであり、亡幸男は独立の乗客ではない。従って被告らは亡幸男に対しても訴外三山の過失を理由として過失相殺を主張できる筋合である。しかも三山、谷川側の過失は被告辺見の過失より重大であり、被告ら側も多大の損害をこうむったことにかんがみ、被告らの賠償額は単なる名義額に止めるべきである。

(ロ)自動二輪車の後部座席で前方を注視すべき位置にあった亡幸男としては、被告車を見て直ちに三山に停止または徐行を促すべきであった。加うるに自動二輪車の後部座席に乗って疾走するごとき危険行為は本来避けるべき行為であり、やむなく同乗する場合は安全帽をかぶる等の措置をとるべきであるのに、それをしないで同乗したのは被害者自身の過失というべきであるから、これを賠償額の算定にあたって斟酌すべきである。」

証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生と訴外谷川幸男の死亡)は当事者間に争いがない

二、≪証拠省略≫によれば次のとおり認めることができる。

本件事故現場は田無から新宿方面に通ずる通称青梅街道(交通はひんぴんで歩車道の区別あり、車道の幅員は一七米。以下「甲道路」という)が、中通町方面から井荻二丁目に至る道路(歩車道の区別なく、幅員七・三米。以下「乙道路」という)と交わる交差点であり、乙道路には一時停止の標識がある。事故発生地点は右交差点のほぼ中心である。訴外三山は亡幸男を後部座席に同乗させ、ともにヘルメットをかぶらないまま訴外車を運転して中通町方面から乙道路を経て右現場にさしかかり、交差点の手前で一時停止し右折しようとしたが、進行方向右手には甲道路の歩道に沿って一台の「コロナ」が駐車しており、見通しがきかないため、半ば交差点に進入したうえ再び停止して右方を見たところ、数十米先から被告車が進行して来るのを発見した。

しかし同人は被告車より先に交差点で右折できると判断し、時速約一〇粁の速さで発進し甲道路の中央線附近まで進入した。一方、被告車を運転し、田無から新宿方面に向け制限速度(時速四〇粁)をうわまわる速度で甲道路を進行して来た被告辺見は、交差点の十数米手前において、乙道路から交差点に入ろうとしている訴外車を発見したが、訴外車が被告車の通過を待ってくれるものと考え折から被告車の右側を追越して行った他のオートバイの動向にのみ注意を払い漫然同速度で進行を続け、衝突地点の約一〇米手前に至って漸く既に交差点に進入している訴外車を発見し、急遽ハンドルを右に切って避けようとしたが及ばず、被告車の前部を訴外車の右後部に激突させた。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば前記のような道路状況のもとに訴外車を発見しながら、同車が被告車の通過を待ってくれるものと軽信して同車への注視を尽さず、漫然進行を続けた点に被告辺見に過失があり、同人の右過失が事故発生の一因となったものと断ぜざるを得ない。

三、してみれば被告辺見は右過失により本件事故を惹起した加害者であり、また当事者間に争のない請求原因第三項の事実によれば被告会社は被告車を自己のため運行の用に供していた者であり、被告辺見に過失のあることは右のとおりであるから、被告会社の免責の主張(抗弁(一))はその余の点につき判断するまでもなく理由がないから、被告らはいずれも本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

四、よって損害および過失相殺について判断する。

(亡幸男の得べかりし利益)

亡幸男の職業、年令、原告らとの身分関係は当事者間に争がない。次に≪証拠省略≫によれば、亡幸男は事故当時神奈川トヨタ自動車株式会社において原告主張の月額一五、〇〇〇円を下らない給与と、年間すくなくとも二ヵ月分の賞与を得ていたこと、同会社の定年は六〇才で、同人は本件事故がなければなお四〇年間は同会社に勤務し、すくなくとも前同様の収入を得るはずであったことが認められる(原告らは亡幸男が年間四ヵ月分の賞与を得られると主張し、これに沿う証拠もないではないが、同人の生涯にわたる得べかりし利益を算定するにあたっては、賞与収入が一般に不安定なものであることや一般企業の実蹟をも斟酌して前認定の限度に止めるのが相当である)。従って亡幸男の年間収入は二一〇、〇〇〇円となるところ、同人はその生涯にわたり、右収入を得るためその二分の一を生活費として費消したとみるのが原告国雄本人尋問の結果と一般経験則にてらして妥当であるから、同人が一年間に得べかりし純益額は一〇五、〇〇〇円であるというべく、(前記成田の証言によれば職務年限の伸長に従い収入も上昇して行くことが認められるが、一方生活費もこれに伴い高額化して行くことは経験上明らかであるから両者の差額である純益額を上記金額を上記金額に据置いて算出する逸失利益額は蓋然性のある数値といい得よう)これを損害発生時の一時払額に換算するため、ホフマン式計算方法(複式)に従い、各年毎の純益額につき民法所定の年五分の割合による中間利息を控除しこれを合算すれば金二、二七二、四七四円(円未満切捨)となる(ちなみに原告らは中間利息を控除するにつきいわゆる単式の方法によっているが、かかる計算方法に関する当事者の主張は裁判所を拘束しないと解すべきである。なお最高裁判所昭和三七年一二月一四日判決参照)。

(過失相殺)

前記第二項認定の事実によれば、本件事故は、被告車に対する注意を怠って交差点に進入した訴外三山の過失にも基因するということができる。しかして三山本人(和解成立前)尋問の結果によると、亡幸男と三山豊は自動車整備学校時代からの親友で、運転歴は幸男の方が長く、互いに何度も訴外車のような車両に乗せたり乗せられたりした仲であること、事故当日は三山が他から借りて来た訴外車の後部座席に幸男を乗せ、幸男の私用のため三山の会社に向う途中であったが、たまたま事故現場の交差点で一時停止し、被告車を認めた際、幸男に「大丈夫だろうな」と声をかけたところ、同人は「ああ大丈夫だろう」と答えたので発進したこと、しかしこの時を除けば運転について幸男が指示したり口を出すようなことはなかったことが認められる。

ところで、亡幸男が訴外三山と二人一体的関係において訴外車を運転していたものであるとして右三山の過失を理由とする過失相殺の主張(抗弁(二)(イ))は、損害の公平な分担を目的とする過失相殺制度の趣旨にかんがみ、広く「被害者側」の過失を斟酌すべしとする判例学説の傾向を一歩進めた傾聴すべき見解というべきであるが、被害者の監督義務者、被用者あるいは死者の過失を被害者側の過失として斟酌するは格別、その限度をこえてみだりに「被害者側」の範囲を拡張するときは被害者の救済の実を不当に低くする恐れがあり、にわかに左袒し難いばかりか、前記認定の本件事実関係のもとでは事故時における両名の間にいまだかかる一体的関係の存在を認めることはできないから右の主張は採用できない。

次に被告らの抗弁(ニ)(ロ)につき判断するに、右認定事実によれば、亡幸男が事故現場の交差点に進入するに際し訴外車の運転者である訴外三山に不適切な助言を与えた点およびヘルメットをかぶらないで自動二輪車の後部座席に同乗した点に過失相殺として斟酌すべき過失があったものといわざるを得ず、同人の右過失を斟酌するときは亡幸男の得べかりし利益の喪失による損害中被告らに賠償させるべき額を前示金額の七割強に当る金一、六〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

(相続、保険金等)

原告らは亡幸男の父母として各自右の二分の一すなわち金八〇〇、〇〇〇円宛の請求権を相続により取得したというべきところ、原告らの受領した保険金六一三、四五八円の受領、充当、訴外三山の賠償金支払による控除の関係は原告らの自認するところであるから、原告らの残債権額は各金四六八、二七一円となる。

(原告らの慰藉料)

≪証拠省略≫によれば、亡幸男は原告らの次男として生れ、高校卒業後自動車整備士の技能検定に合格し、昭和三八年四月から前記会社に就職したが、勤務成績は優秀で上司からも高く評価され、原告らはその将来に大きな期待をかけていたことが認められ、同人の事故死が原告らに与えた精神的打撃が多大であったものと推察することができる。その他本件における諸般の事情を考え合せると、原告らの受くべき慰藉料額は原告ら主張のとおり各金五〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

五、よって原告らの請求は被告らが連帯して原告ら各自に対し右合計金九六八、二七一円宛を支払うべきことを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 楠本安雄 浅田潤一)

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